古今和歌集のなかに、国の安寧を願う詠人知らずの一首がある。
ー 君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで ー
日本人なら誰もが知る我が国の国歌である。
未来永劫、平和と繁栄を願ってやまない三十一文字である。
ただ、ナショナリズムを喚起させるのではないかとして、一部の団体から懸念の声が聞こえてくる。
右だの左だのと不毛な議論が未だに交わされ続けている。
確かに、過剰なナショナリズムは危険であることは否めない事実。その延長線上には「戦争」と云う悪しき二文字が見え隠れしているのも事実である。
今から3年前の2023年5月、大分市のとある中学校で広報委員の生徒ら3人が昼食時間の放送の折、時間の調整を計ってのことか、国歌「君が代」を流したそうである。
ところが、それを聴いた教員の一人が、放送室に駆けつけ、「ふさわしくない」と指導したとのこと。
そのことによって一人の生徒が体調を崩し、早退したそうである。
確かに、過剰なナショナリズムの栽植はむべなるかな。
また、昼食時間に流す曲としては一般的に相応しいとは云い難い。
しかしながらかと云って、厳重な注意は本当に必要だったのだろうか。
「君が代」について、色んな歴史的背景があったことは否めないが、「君が代」は和の心を尊ぶ日本人として、心底から誇れる国歌であると私は思っている。
科学技術が進歩し、グローバル化の波に押され、如何に近代的であるとしても、日本人として、日本の心とも云うべき平和と調和を心底から尊重し、「和の心」や「義の念」を絶対に忘れてはいけないのではないだろうか。
来月の10日(9月10日)から、名古屋市を拠点に愛知県の各地会場で40種目以上の競技が展開される第20回アジア競技大会が始まる。
日本人の有力選手らによるメダルラッシュが期待されるが、表彰台では「君が代」と日の丸が掲揚されるだろう。改めて襟を正し、真摯な態度で傾聴したいものである。




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