6月13日の早朝、「叔父が亡くなった」と従兄弟から電話があった。享年88。
叔父は川崎製鉄に勤務しており、野球部に所属していた。会社の広報誌の表紙を飾ったこともある。
私の父の男兄弟は3人。その一番下だったが、身長も高く、草刈正雄風の二枚目だった。
川崎製鉄退職後は自宅(千葉県鎌取市)近くの畑で、趣味の一つとして野菜(家庭菜園)を作っていた。
落花生やらそら豆やら、3年程前迄は毎年のように送ってきたものだが、ここ2・3年、体調不良から畑仕事は控えていたようである。
とても心優しく、格好いい叔父であった。


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叔父が生前、揮毫した色紙である。
「清秋竹露深」
「清々しい秋の、水晶の玉のように一転の曇もなく、竹露は互いを映し出す清らかさを持っている」と云ったような意味だが、正しく叔父の心そのものである。


直筆「清秋竹露深」
これは私が短冊に認めたものだが、代々続く古民家の我が家には解読不能な掛け軸などが色々ある。
そんなことから、一関市立博物館の企画として、相馬副館長による古文書読解講座が開かれており、2度の講座に出席した。
当初は単なる後学の為にと、初回の講座にのみ出席し、それ以降の出席を決めかねていた。しかしながら旧友の参加もあり、既述のように我が家所蔵の古文書の読解も必要だとの思いから、過去2回の講座に出席することにした。3回目(最終回)の講座は今週の土曜日。それにも出席する予定である。
いずれにしても、古文書辞典が必要であろうことから、現在格安の古文書辞典を探しているところである。
それにしても、一関市の人口は12万人程度の小さな中都市だが、あれ程の人数が古文書講座に出席するとは、実に意外だった・・・。


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