昨年の11月に母が他界したが、それまでの約1年半、私が料理を作っていた。私は食べることは大好きでも、作ることは苦手だったことから、料理と云ってもたかが知れている。
私自身は好き嫌いのない健啖家だと思っているが、なにぶんにも母は偏食で、嫌いなものには一切箸をつけなかった。
私の仕事柄、どうしても帰宅時間が遅く、午後10時過ぎに帰宅してから翌日の為に作り置きするのが日課だった。
既述したように、もともと調理は好きでも得意でもなかったこともあり、「はてさて、何を作ったら良いのやら・・・?」母が箸をつける料理は何か?味付けはどうすべきか等々、悩んだものである。

そんな折、文芸春秋だったと思うが、料理研究家の土井善晴氏の寄稿文に救われたことがある。
具体的な内容は憶えていないが、「料理の基本は一汁一菜にあり」そんなに難しく考える必要はないとの内容だったと思う。それを読んで非常に気持が楽になったことを今でも鮮明に憶えている。

かの北大路魯山人が『味覚馬鹿』のなかで、「家庭の料理、それは素人の料理であるけれども、一家の和楽、団欒がそれにかかわっているのだとすれば、精一杯のまごころ料理になるのである。味噌汁であろうと、漬けものであろうと、なにもかもが美味い」と著している。
素人は素人なりに、一汁一菜を基として、今も男の厨を守りながら、質素だがそれなりの料理をそれなりに味わい、堪能している。

「堪能」と云えば、春は山菜の季節。ここ岩手県南ではタラの芽やコシアブラ、野蒜やミズ、蕨やゼンマイが盛期を迎えている。
野蒜やミズは、酢味噌和えが私の好物の一つである。
魯山人が「わらびはもちろん取りたてでなければいけない。型の如くゆでて灰汁を抜き、酢醤油で食う。これが実に無味の味で、味覚の器官を最高度にまで働かせねば止まない」と云っている。
それを参考にしながら、早速蕨を灰汁抜きし、酢醤油で味わってみた。
以前までは、削り節をトッピングしたものに生姜醤油を掛けて食べていたが、流石魯山人、私も今は蕨の酢醤油和えに嵌まりつつある。

それにしても、今年も熊に悩まされそうである。
先日、110万人都市仙台の街中や秋田市の市街地に熊が出没した。里山は勿論、大都市の街中でも徘徊しているのが現実だ。
また、一週間程前には、一関市内(大東町)の畜産農家で、ヤギが熊に襲われたとのニュースが流れた。腹などを引き裂かれて死んでいたとのことである。
これではおちおち山菜取りにも行けない。困ったものだ。
今後本格的な山菜シーズンを迎え、不用意、無防備な山菜取りは考えものである。熊スプレーなどしっかりと対策を講じた上で、山菜取りや渓流釣りに出かける必要がありそうだ。