絶対あってはならない、絶対に許されてはならないのが冤罪事件である。
過去にも足利事件や梅田事件、免田事件や島田事件、布川事件、最近では福井・中学生殺人事件や袴田事件がある。
本来なら無罪にも係わらず、強引な取り調べや証拠の捏造などにより有罪とされたケースが相当数ある。
いかに人間は間違いを犯す動物だと云っても、「間違いました、すいません」では決して許されない。
そんな許し難い冤罪事件と思われる裁判、被疑者死亡のなか、先日再審が決定した。

当該事件は、42年前の1984年(昭和29年)12月29日朝、その事件は起きた。
滋賀県日野町の酒店を営む女性(当時69)が何者かに殺害され、金庫が奪われた。
所謂日野町事件である。
犯人と目された人物が、無期懲役となり獄死した坂原弘(故)さんである。
一旦は自供し、罪を認めたものの、盗んだ金庫の在り処を示す実証見聞の折、証拠とされた映像が探し行く時のものではなく、探し終わった後に映したものだったことが確認された。
強圧的な取り調べによって自白調書が作成された、戦後2例目となる被疑者死亡の再審が認められたものである。

令和4年の検挙率は41.6%。現在の検挙率は高いとは云い難いが、当時、日本警察の検挙率は極めて高く、世界に冠たる警察だった。
然し乍らその検挙率の高さの陰には、無実の罪をきせられ、がんじがらめの幽閉から抜け出せず、無念の死に追いやられた人らがいたことも事実である。
その責任は誰が、どう取るべきなのであろうか。その代償はあまりにも大きい。

私は大学時代法律を専攻し、ゼミは刑事訴訟法だった。
そのゼミの中で冤罪事件を取り上げたが、憤懣遣る方無い衝動に駆られたものである。
このような冤罪を排除する為にも、「取り調べの全面可視化」の必要性を痛感したものだった。
それと同時に、無罪を有罪にした「責任」についても問うべきだと思ったものである。


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