みちのくあじさい園の「みちのくあじさいまつり」が来年で30回目を迎える。
みちのくあじさい園は、近郊に居を構える我々伊藤家23世帯総本家の伊藤達朗さんが、1980年代初頭から所有する山林の一部(15ヘクタール)を整備していた折、何某かの花でも眺めながら作業が出来ればいいなと思い、自宅の庭に植えてあったあじさいを、林道脇に挿し木してみたことから始まった。
元々あじさいは強い落葉低木であり、生命力も強いことから毎年種類や株数が増えていった。
勿論、現在の規模になるまでにはかなりの苦労があったようだ。
勿論、現在の規模になるまでにはかなりの苦労があったようだ。
種類を増やす為に、国内のみならず海外からも取り寄せたり、栽培方法を色々試してみたり、知識を高める為に色んな本で調べたり、全国のあじさい愛好家や研究者らとの交流も深めていった。
そのなかでも、日本を代表するアジサイ研究家の山本武臣氏(日本あじさい協会初代会長)と知己を得、知識を高めるとともに、山本氏が半生をかけて収集した貴重なヤマアジサイなどを託され、みちのくあじさい園の一角、休憩処「蔵」の周辺に「山本コレクション」のコーナーを設けて現在も大切に手入れをしている。
山本武臣氏は、あじさいのことにかけては右にでる者はいないと謳われた人物である。
当時のラジオで、調布市内で山本氏があじさいの展示会を開くことを知った達朗さんは、居ても立っても居られず、東京に出向いて展示会を訪れることにした。
それが山本氏との最初の出会いである。
その後、幾度となく手紙を送り、指南を仰ごうとしたが一向に返信はこなかったとのこと。
然し乍ら達朗さんは諦めなかった。
自宅の竹藪で掘った旬の筍を送ってみたが、それでも返信はなく、一旦諦めかけたものの、「思いは必ずや通じるもの」愚公移山の格言を思い出し、諦めることなく翌年の春先には朝採取したばかりの新鮮なタラの芽を送ってみた。
すると、そのことが功を奏したか、山本氏から初めて電話が入ったそうだ。「よく私の大好物を知っていたね。ありがとう」とのお礼の電話だったそうだ。
一流の研究者は気難しい人物が多いように思われるが、山本氏もやはり例外ではなかったようだ。
幸いなことに、タラの芽のお陰で心を開いてくれたのである。
今思えば、今日のみちのくあじさい園があるのも、タラの芽のお陰なのかも知れない。
その後も春になると、達朗さんは新鮮なタラの芽を送り続けると、そのお返しにと、山本氏の庭に植えてある大切なヒメアジサイを送ってくるようになった。
希書『あじさいになった男』は、山本氏の代表的な著とも云える一冊だが、出版を知った達朗さんは50冊以上も購入し、本の売上にも貢献したそうである。
山本氏は老衰の為85歳で天寿を全うしたが、その3年程前から毎年みちのくあじさい園を訪れてくれたそうだ。
他界する少し前、自宅で育てた大切なあじさいを、トラックでみちのくあじさい園に届けてくれたとのこと。それが既述の休息処「蔵」の周辺に栽植し、「山本コレクション」として訪れる人たちの目と心を癒やしてくれているのである。
山本氏があの世に旅立つ前、矢も楯も堪らず達朗さんは入院先の病院に駆けつけたそうだ。
今際の折、会話は勿論、身体の自由も効かない状態のなか、達朗さんが山本氏の手を取ると、ギュッと握り返してくれたそうだ。
「あじさいのことを頼むぞ」といわんばかりに……。
追々、『みちのくあじさい園物語り』として、短編小説を編み、日本あじさい協会より「日本一のあじさい園」として認定される迄の詳しい内容を編纂してみたい。
追記
アジサイ科の植物は、主に日本を代表とするアジアや南北アメリカ大陸に分布しており、16属に分けられる。
観賞用として栽培されるものはアジサイ亜科に属し、ヤマアジサイやエゾアジサイ、ヒメアジサイやガクアジサイなどの日本原産種が知られており、14種、1亜種、6変種が日本に自生していると言われている。
更にはアメリカ産のアメリカノリノキ(アメリカアジサイ)やカシワバアジサイも一般的に知られるようになった。
更にはアメリカ産のアメリカノリノキ(アメリカアジサイ)やカシワバアジサイも一般的に知られるようになった。
あじさいは1775年、カール・ツンベルグ(医師)によってスウェーデンに紹介され、その約50年後に日本女性を妻に持つ医師、P・Fシーボルトが日本で集めたあじさいをドイツに持つ帰り、学名を「Hydrangea Otaksa」として紹介するようになった。Otaksaはシーボルトの妻、「滝」を「おたきさん」と呼んでいたことから、「オタクサ」と命名したのではないかと目されている。
今日ではアメリカを中心にヨーロッパでも品種改良が盛んに行われ、年々増え続けている。今や世界では3000種以上とも言われ、なかでもアジサイ属に限ると930種以上と言われている。
我国における日本あじさいの歴史や認知度については、奈良時代に編纂された万葉集に登場しており、古くから親しまれてきたことが覗える。
以上のことから、あじさいは日本原産のものが多く、みちのくあじさい園は既述のように、日本あじさい協会より「日本一のあじさい園」として認定されたが、「世界一のあじさい園」だと云っても過言ではないのではないだろうか。




前半のBGMは、すもちさんの「あの道」をお借りし、後半の声楽曲は、私の詩に合わせてAIで作成してみたもの。
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