1つ目の陶芸教室は、地元の舞川市民センター主催による寿学園講座の一つであり、私は今年で4年目の参加となる。
年に6回、今回で21回目の参加となるが、悲しいかな不甲斐ないかな、上達したとはとても云い難い。
年に6回、今回で21回目の参加となるが、悲しいかな不甲斐ないかな、上達したとはとても云い難い。
もっとも、作陶の目的は元々、形には然程こだわりはなく、短歌などを揮毫するのが目的だ。
然し乍ら同じ参加者の上達具合を目の当たりにすると、若干焦りを覚えるのも事実である。
いずれにしても、11月の文化祭には完成品が展示されるが、出来不出来云々はさておき、出来上がりが楽しみである。
2つ目の予定、午後の一関文化協会の理事研修は赤萩の要津院所蔵の作品観賞の後、真湯温泉センター展示場の見学だったが、私は仕事の都合上、要津院の鑑賞会のみに出席させていただくことになった。
展示作品は、元・一関書道協会会長の小嶋東鞠氏の書と、一関市出身で駿才の日本画家、福山一光氏の作品を鑑賞させていただくことにした。
要津院の表玄関から中に入り、正面を向くと、余白の美を活かし、墨の濃淡が絶妙な迫力ある水墨画の襖が存在感を誇っていた。暫し感嘆しながら右手に目を向けると、整然と揮毫された襖に目を奪われた。
小嶋東鞠氏の書である。
その襖を開け、大広間(大雄閣)に入り、振り向いて見ると、またもやぎっしりと襖に草書体の文言が揮毫されていた。圧巻である。
また、大広間前方の壁面には見覚えのある水墨画が存在感を誇っていた。
釈迦の画(出山の図)である。作者は云わずとしれた福山一光氏だ。更に振り返ると、平成19年に寄進された福山一光氏の「鈴バラ」が異彩を放っていた。
日本画の真髄を遺憾なく放出していた。蓋し傑作なり。
一関市出身の日本画家として勿論聞き及んではいたが、正直云って実物を見るのは初めてである。
大広間以外の接賓や廊下には、小嶋東鞠氏の書や福山一光氏の絵画作品がいたるところに展示されており、哀感頑艶と感嘆の渦に巻き込まれた感がある。
なかでも何より驚いたのが、福山一光氏の生家が要津院だったことを初めて知り、改めて驚きと共に感銘を深めた次第である。








大樹照基大和尚(要津院東堂)と小嶋東鞠氏揮毫の襖
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