昨日、無事に第45回中尊寺西行祭全国短歌大会を成功裏に終えることができた。
今大会はエッセイストで歌人の穂村弘先生を選者にお迎えし、出詠数142首。遠くは九州の熊本や四国の徳島県、山口県や大分県からの応募もあり、内容の濃い短歌大会だった。

午後1時より、中尊寺光勝院を会場に西行法師を偲ぶ追善法要が営めれた。
西行法師はここ平泉に2度訪れているが、今から870年ほど前、最初に訪れたときに「きゝもせずたばしねやまのさくら花よしののほかにかゝるべしとは」の和歌を残している。
平泉の高舘や中尊寺の中腹から、北上川を挟んで東方に目を向けると、連綿と連なる北上山地が一望できる。その南部に位置する束稲山一帯には、嘗て藤原清衡公の祖父、安倍頼時公によって1万本の桜が植えられたと云われている。

吉野の桜は「一目千本」と云われ、桜の名所として知られているが、その吉野の桜を凌ぐほど束稲山の桜が見事だったに違いない。ただ、この一首については、清衡公の孫である藤原秀衡公が植えた千本桜を見て詠んだのではないか、との説もある。
しかしながらそれでは時代背景がやや異なることから、既述の安倍頼時公が植えた一万本の桜で間違いないと思われる。
昨日の大会当日も、束稲山の西行桜の森公園に、数も少なく、散り始めてはいるものの、平安時代の面影が薄っすらと残っている。

さて、余談はさておき、「言葉の不思議」と題した穂村先生の講演に、つくづく「なるほどなぁ」と頷きつつ、感銘を覚えながら、ついつい司会進行の責務を忘れながら耳を傾けた次第である。
今後の歌作には、「言葉の置き換え」や「詩のオーラを持った文学性の高い秀歌」、それも他の秀歌と似かよらない歌作に努めていきたいものである。

講演終了後には早速歌会が始まり、時間の都合もあり出席者の作品のみ1人1分以内の予定だったが、熱のこもった講評もあるなど、実に内容の濃い歌会だった。
会場の皆さんはメモを取るなどして真剣に聞き入っていた。今後の歌作に是非とも活かしていきたい。

結果は次の通り
<中尊寺貫首賞>  
 このままにあと二年ほど生きたしと亡き夫の十日前の言の葉       飯嶋 トモ子 (埼玉県)
<平泉町長賞>
 針箱に太き指ぬき鈍色に母の息吹の時こえ伝う             佐藤 建樹  (奥州市)
<平泉観光協会会長賞>
 にわさぎさきづねたづねできたったよみがげねけどもなじょしてらべな  林 もと子  (矢巾町)
<岩手日報社賞>
 ひとり住む叔母訪ねれば空に舞う白鳥の群れ北へ急ぎぬ         鈴木 文子  (盛岡市)
<IBC岩手放送賞>
 夕餉どきそばに誰かが居るだけで それだけでいい ひとりは寂しい   佐々木 信江 (一関市)
<岩手日日新聞社賞>
 われひとり降ろし立ち去りゆけるバス平泉の町青き田ばかり       中里 茉莉子 (青森県)

<佳作入選>(芳名のみ)
 小野寺 ヨシ子  (一関市)
 眞木 環     (一関市)
 大平 春子     (花巻市)
 小野寺 正美   (奥州市)
 菊池 トキ子   (奥州市)
 鎌田 博文    (北海道)
 佐々木 栄悦   (宮城県)
 松村 雅子    (一関市)

表彰式終了後、上位6賞のポイントなどを穂村先生から説明を頂戴したが、私のみならず、会場の皆さんも身を乗り出しながら真剣に聞き入っていた。
最後に、元・平泉町議会議員で平泉町社会福祉協議会会長の寺崎敏子さんによる謝辞はいつもながらの挨拶、流石だった。機転の効いた配慮や、我々が思っていること、云いたいことを全て、感謝の意を込めながら朗々と話されていた。

今回も司会進行を先輩の斎藤のり子さんの助けも借りながら、なんとか無事に終えることが出来たが、何度やっても慣れない。出来ることなら向こう側の席で、メモなど取りながら、一参加者として参加したいものである。

尚、今現在、中尊寺表門が老朽化の為に改修工事を行っている。是非とも皆さんの温かい真心で、貴重な文化遺産を後世に残していただきたい。合掌🙏


koganokokazeno

本日より、みちのくあじさい園でみちのくしゃくなげ祭りが行われている。