昨日、中尊寺本堂にて前貫首の山田俊和大僧正の告別式があった。
時折雨脚の強まる涙雨を耳にしながら、一山の僧侶らが唱える読経のもとで、粛々と告別式が営まれた。
弔辞を天台宗陸奥教区宗務所長の千葉亮賢師、続いて天台宗別格本山毛越寺の藤里明久貫主、当地平泉町の青木孝保町長らによる重厚で、しかも幽寂閑雅な弔辞が述べられた。

なかでも藤里明久毛越寺貫主の弔辞のなかで、奥州藤原氏終焉の地とも云える大館行脚について触れられたが、私も流石に胸に迫るものがあった。
奥州藤原家は初代清衡公を初め、二代目基衡公、三代目の秀衡公と3代で語られることが一般的だが、理由如何にかかわらず、大館を最期の地とした藤原泰衡公の無念を想うといかばかりかと・・・。
その泰衡公のご尊体が供養されている大館市の錦神社や、妻子が供養されている比内町の西木戸神社を毎年参拝されたとのこと。

私は今から9年程前のいわて国体の折、当時の山田貫首と一度だけお話をさせていただいたことがある。
2016年9月、平泉小学校の体育館を会場に、パワーリフティング選手権大会(公開競技)が開催された。開催にあたり、資金調達が余儀なくされ、当時、中尊寺の執事だった千葉快悛氏の便宜により、応援していただくことになった。その時に初めて当時の山田貫首とお話をさせていただいたが、とても物腰が柔らかく、優しさそうな面輪が今でも印象に残っている。

来る4月25日(金)午後1時より、中尊寺光勝院を会場に第45回中尊寺西行祭全国短歌大会が行われる。
選者は歌人で評論家の穂村弘先生。演題を「言葉の不思議」として40分程の講演を頂戴することになっている。

17世紀中期、中尊寺の山門は火災で失われた為、1659年に一関城から移築された表門(薬医門)が観光客を出迎えているが、経年劣化の為現在修復中である。

中尊寺のクラウドファンディング(表門修復の応援)


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