日の地元紙に、長さ1メートルもある巨大な大根が紙面を飾った。
一関市花泉町の千葉さんが育てた大根だとのこと。
見た感じでは、太さも茎周りで31.4センチ以上はありそうだが、重さはなんと4キロだそうである。
作家の井上ひさしさんが生前、日本農業の未来を憂いて、平成9年に『農業講座』を刊行した。
学者や経営者、農業家などの専門家、総勢26名による金言を集めた貴重な論説集である。

そのなかに、岩手県遠野市在住の多田克彦さんの寄稿文「人に感動を与える食べ物を作りたい」をタイトルに、「人に感動を与える食べ物の生産には作る人の人間性が大事だ」との一文がある。
作物にはその人の個性が出る。いいものを作る為には自身の人間性を磨くことの重要性を説いている。
旧弊な自分の考え方を一新させたその金言に、改めて感動させられた次第である。
前出の人を感動させる大根を育てた花泉の千葉さんは、「人間性」の豊かな方であるに違いない。

以前、別サイトに「農と道徳」をタイトルにエッセイを掲載したことがある。

道徳教育の一つに、農業の実習体験をさせることは非常に有益的で有効的な手段だと考えられる。農地の問題については、ちょっと足を運べば沢山眠っている筈。
そう休耕地である。高齢化や後継者不足に伴ない、殆ど手つかずの耕作放棄地が沢山ある。
生きる為に、一番必要なものは何かと問えば、先ず「食べること」である。食べなければ人間のみならず皆死んでしまう。今では、スーパーやレストランに行き、お金さえ払えば何でも手に入り、何でも食べられる。
ところが、その料理の材料である米や野菜、果物や乳製品、魚貝類や牛肉などの肉類はみな、農家や漁師が汗水流し、時には命をかけながらも真剣に栽培したり漁をしたものである。
平然と、ただ当たり前のように陳列されてあるものも、その背景には色んな思いや苦労があるということを先ず知るべきである。そして感謝することが重要ではないだろうか。そのことは食育にも繋がる。
勿論それだけではない。
寧ろ前出のこと以上に、大切かもしれないのが皆で味わう収穫の喜びである。皆で手を加え、汗水流して育て上げた大根やホウレンソウ、或いはリンゴや葡萄など、同級生全員で収穫の悦びを知り、皆でそれらを料理して食べる。
さぞ絆や連帯感も生まれるのではないだろうか。
いじめを全て「無くす」ことは無理だとしても、その生きた道徳教育に力を注ぐことによって、間違いなくイジメは減るものと確信して止まない。

以上のことからも、農は人間性を高める上で最高の教材だと云えるのではなだろうか。
また更には、人間性を高めるとともに教養をも高めることができる。
そもそも「教養」は、ラテン語の「cultura」から来ており、culturaの意味は耕作である。
土を耕し、野菜を植え、草取りをしながら水をかけ、じっくりと時間をかけ、愛情を持って育てる。
そうすることによって甘みや旨味を増す野菜ができるのである。
人間もそうだが、単なる学殖・多識だけではなく、精神能力の統一的創造的発達を身に着け、洞察することが教養を増すことにもなるのではないだろうか。

また、日本は特に、他の先進諸国と比べ、38%程度と圧倒的に食料自給率が低すぎる。
主食であるお米はもとより、農をおろそかにせず、小手先の施策ばかりを講じない「真の農政」を、しっかりと目指していただきたいものである。


hosodaikon
今年は大根の播種が遅れ、失敗したが、「人間性」を鍛えなかったことに、最大の要因があったのかもしれない・・・。