今日で2011年3月11日発災の東日本大震災から丁度13年目を迎える。
長いようであっという間の13年だった。
先ず以て被災された方々、今年元日発災の能登半島地震で被災された方々に対し、心底より哀悼の誠を捧げます。

さて、昨日の午後1時30分より、一関市立図書館(1階学習室)を会場に、「お能と農とサッカーと~案外身近な能の世界」と題して、能楽喜多流教士・同舞教士・エッセイストの千葉万美子さんによる郷土資料講座が行われた。
主催は岩手県立図書館、一関市立図書館。
講座を通して、一般庶民と能との関わりが歴史的にも深かったことを改めて知ることができた。
それまでは特別な世界の芸能だとの思いから、あまり興味を持つことはなかったが、嘗て少しばかり噛った「謡」を再開しようかと思った次第である。

能は14世紀、室町時代に足利義満の後援を受けた観阿弥・世阿弥親子によって大成したと云われ、安土桃山時代には特に豊臣秀吉が自分を礼賛する能を好み、寵愛したそうである。
江戸時代に入り、2代将軍徳川秀忠により幕府のオフィシャル(公式的な芸能)として位置づけられた。明治期には岩倉具視らによって能楽(能+狂言)の黄金期が作られ、古典芸能として存在感を示すようになったそうである。

そんな意味に於いて、能は時の権力者や富裕層の庇護の下に重宝されてきたイメージが強いことから、なかなか一般には広がり難かったのではないかと話していた。
とは云え、一般庶民に於いても能との関わりは随所に見受けられ、小説や随筆、戯曲や短歌、俳句や絵画、更には漫画などにも影響を及ぼしたようである。
また、能楽由来の言葉も多い。
世阿弥の格言では「初心忘るべからず」や「被すれば花」。他には「五人囃子」や「ノリが良い」、「番組」や「脇役」などは能から派生た文言である。

タイトルにあった「能」と「農」の関係では、この辺では殆ど聞かれなくなったが、「契約講(この近辺では無尽と呼んでいた)」などで、謡三番(四海波、長生、日難波津)が総会などの締めに謡われたそうである。
謡曲のテーマや詞章が五穀豊穣や千秋万歳などを祈願する意味合いがあり、農との関わりはかなり深かったようである。
また、能とサッカーとの関わりについては、ビル・ビュフォードの『フーリガン戦記』を取り上げ、サポーターを12番目の選手として位置づけられるなど、サッカー自体そもそも五穀豊穣への願いと関連付けられていることには、否応なしに納得させられた次第である。

因みに、千葉万美子さんは能楽喜多流教士・同舞教士以外に、一関・文学の蔵の世話人であり副編集委員長でもある。
一関・文学の蔵の年間行事の一つとして、地域文芸誌『ふみくら』の発刊を続けているが、今年6月上旬には一関・平泉地方の祭りと文化を特集に『ふみくら』8号の刊行を予定している。


被すらば花

mamikosankoen