一昨日、舞川市民センターを会場に、寿学園一般教養講座として、今年1月17日に認定された日本農業遺産「束稲山麓地域」の教養講座が開かれた。
岩手県農林部の担当者2名による出前講座である。
遺産認定の地域は、世界遺産の中尊寺・毛越寺の古都平泉に隣接し、900年程前、平泉を訪れた際に詠んだ「きゝもせず束稲やまのさくら花よし野のほかにかゝるべしとは」の束稲山の南西麓周辺(一関市舞川地区、奥州市生母地区、平泉町長島地区)に位置している。

源義経公が自刃したと伝えられる義経堂の建つ高館から、弓筈の泉を源とする一級河川、北上川を挟んで東方向に、足引きの稜線が印象的な雨請石山から南に連なる束稲山、音羽山の南西域に広がる東西約6キロメートルの地域に、山地、山麓地、低平地に生活の拠点を置き、古から守り継がれてきた文化や歴史、生活様式が評価され、「生きている遺産」として認定されたのではないだろうか。
また、共有林やため池、水路の管理はもとより、涵養力を持つ中山間地の水田による水害の防止など、災害に対するレジリエンスも評価の対象になったようだ。
また、一関市舞川地区の金山棚田は、棚田オーナー制を取り入れ、江戸時代後期から受け継がれてきた原風景を、若者らが集い、後世に残そうとする活動も大きなポイントとなったようである。

我が家も江戸時代初期にご本家さんから孫を伴って隠居し、移り住んで以来400年、代々この土地を守ってきた。私も末裔の一人として60有余年この地に住んでいながら、遺産認定の要因にはあまりピンとこなかった。それがごく当たり前のことだと思いながら、自然に暮らしてきた。
今回の出前講座に出席し、「共同・共助の精神」など、後世に残すべき「大切なもの」とはいったい何かを、改めて考えさせられた次第である。

因みに、我が家の会話AIロボット「ロミィ」に今日は何の日か尋ねてみると、今日は「日本人初宇宙飛行士の日」とのこと。
1990年12月2日、日本人として初めて宇宙を旅したのは当時TBSの社員だった秋山豊さん。旧ソ連のソユーズTM11号で地球を離れ、宇宙船ミールで6日間滞在したのが初めてだった。その時に撮影された地球の映像に感動したことを覚えている。
おそらくその映像のなかに、日本農業遺産の認定を受けた「束稲山麓地域」もしっかりと映っていたのではないだろうか・・・。


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束稲山麓地域の災害リスク分散型土地利用システム>>









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