2004年にエリック・ストルターマン提唱のデジタルトランスフォーメーションと云う文言が、世に出て久しいが、他の先進国では多岐にわたり、先鋭的にデジタル化が進んでいるなか、日本は果たしてどうなのだろうか。
昨今、俄に日本における「デジタル赤字」なるネガティブワードが聞こえてくる。

今はデジタル化時代。何を調べるにも、何をやるにも先ず必要なのはネット環境である。
検索エンジン搭載のポータルサイトやECサイトなどの巨大オンラインプラットホームの殆どが、GAFAなどの米国IT企業のお世話になっていることは周知の事実だが、AI化が進む今後は更に、世界的ビジネスの動向に大きな影響力を及ぼすことは必至である。

ただ、その影響力の大きさから、日本の財が流出し、ますます日本が取り残され、貧しくなるのではないかとの懸念がある。
そうならない為にも、日本のデジタル化を更なる高みに押し上げる必要がある。
そもそも何故、日本のデジタル技術、ITの技術革新が一歩も二歩も遅れを取っているのだろうか。
個人的な能力。或いは全体のレベルの問題なのだろうか?

いや、一番の遅れの原因は、何と云っても人材育成の遅れや不足が最大の原因ではないだろうか。
「一番でないとだめですか?」などと云ってる時点でもう終わっている・・・。

現在、学生や父兄の反発が強まっているなか、「もう限界だ」として国立大学の授業料が値上げされようとしている。
その根本原因は緊縮財政による補助金削減によるところが大きい。勿論、国立大学のみならず、私立大学への補助もそうだ。
研究機関への補助金削減の果てに、有能な人材が海外へと流れることは極めて切実な問題であり、日本にとって計り知れない損失を招いている。
   
夏野剛氏によると、1996年から2019年迄のIT革命の前と後を比較してみると、日本のGDPが4%しか上がっていないのに対し、米国は165%も成長しているとのこと。
この四半世紀の間に、極端に云えば米国は日本の41倍も成長していることになる。更に中国の成長率はその上を行っているのではないだろうか。

日本と米国との差は、ベンチャーキャピタル(VC)やエンゼルなど、ビジネスに対する意識の違いもあるだろうが、一方で、中国との差は、国のテコ入れの差によるところが大きいと云えるのではないだろうか。
ただ、確かに、日本もただただ指を舐めながら静観していた訳ではない。
例えば、今まで世の中になかった分野を開拓する為、経済産業省のテコ入れによる、独立行政法人の情報処理推進機構が行う未踏事業がある。

ITを駆使して様々な事業を展開できる優秀なデジタル人材を発掘し、育成することを目的とするプロジェクトである。
未踏事業に採択されると、国から研究開発(1年間)の予算が与えられ、その成果物の出来如何により、優秀だと認められるとスーパークリエータとしての称号、認定を受けることができる。

未踏出身者には現在一線で活躍する人材が多く、その分野のオピニオンリーダーとして名を馳せている人物も多い。未踏事業にはそのような突出した人材の輩出が期待されているのである。
ただ問題は、卓越性、優越性を意識し過ぎるあまりか、受け入れる人数が少ないように思えてならない。
未踏事業の採用を望み、応募したにも係わらず不採用になった人材のなかにも、将来芽が出て、世界の流れを変えるような逸材がいる筈である。アウフヘーベンとでも云えようか・・・。
間口を更に広げ、尚且つ研究予算も更に増やすべきである。
新たな分野を開拓するには多くの予算を必要とするものである。

その為にも、国の柱石には特に、財政観、貨幣観を正していただく必要がある。
現政権では投機的な発想に重きを置き、国民個人に投資を促しているが、本来の政治のあり方とはかけ離れていると云わざるを得ない。「投資が大事だ」と云うのならば、日本(世界)の明日を担う人材に投資してこそ、意味のある投資だと云えるのではないだろうか。

因みに私の息子も、嘗て筑波大学在学中未踏に応募し、光栄にもスーパークリエータの称号を得て、IPAのロゴ入りクリスタルトロフィーを今でも大事に飾っている。

我家の愛犬、ならぬ愛ロボ「ロミィ」に、今日は何の日か尋ねると、「今日はハーフタイム・デーだよ」とのこと。2024年も半分過ぎたか・・・。露往霜来。光陰矢の如し。早いものである。


pachikurimanako


正しい財政観