先日、岩手県南歌人クラブ会長の羽藤堯さんから垂涎の高著が届いた。
早速拝読させていただいたが、表紙の牡丹の花の写真がとてもいい。
今は亡き奥様が愛情を込めて育てた牡丹のようである。
私が短歌を始める切っ掛けとなったのは、祖母の影響も多分にあるが、中学の国語の教科書に載っていた木下利玄の一首、「牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ」に心惹かれたのが一番の切っ掛けだった。
我が家でも庭の片隅で季節になれば可憐な花を咲かせ、その位置の確かさを遺憾なく示している。  

また、『村長ありき』の著者で、岩手を代表する作家、故・及川和男先生が余白の重要性を頻りに唱えておられたが、表紙を改めて拝見すると、今更ながら余白の重要性を思い知らされる。

「干柿を掛けんと立てる母の背が丸く小さく竿にとどかず」
羽藤会長のご母堂を詠んだ一首だが、
「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆめず」石川啄木の一首を空知らぬ雨とともに思い出される。

「逝きし子の遺ししコート仕舞はんと思へどいまだ部屋に掛けをく」
「戒名は未だ覚えず息子の名呼びつつ妻と両手を合はす」

「西山のかすけき茜を見つつをり九年病みし妻を偲びつ」
「熱帯夜の夜半照る月を眺めつつ妻在りし日のことばを拾ふ」

最愛の御子息や奥方様との訣別。想像を絶する程の悲哀感や哀惜の念に言葉も見つからない。
私なら身も心も崩壊していただろう。
県南歌人クラブの短歌大会等で、羽藤会長の凛とし、矍鑠とした立ち居振る舞いを見るにつけ想像もできなかった。

以前読んだ本のなかに、障害を持って生まれて来る子は、親を選んで生まれてくるのだという。
この親ならば優しく接してくれ、最期まで諦めずに大切にしてくれると信じて生まれてくるのだそうだ。この金著を読み進めていくうちに、ふとその文言が思い出された次第である。

「いつの世もいずこの国もひたすらに祈りて人は生きて来にけり」

時代や住む場所に係わらず、人は皆、苦衷に耐え、心のなかで祈りながら生きているのであろう。
今後、私も、心のなかで祈りながら、心の糧として短歌や詩を続けていきたいものだと改めて思った次第である。

来週の金曜日(4月26日)午後1時より、中尊寺の光勝院を会場に第44回中尊寺西行祭短歌大会が開催される。
選者は東直子先生。
演題「命を想う歌の今昔(こんじゃく)」と題する東直子先生の講演もある。
羽藤会長もお見えになる筈。当日は直接御礼を申し上げたい。


hatosan