神奈川に住む息子が連休を利用して帰省し、久方ぶりに渓流釣りに行くことになった。
以前は年に5・6回は行っていたが、息子が海外に留学してからというもの、なかなか行く機会に恵まれなかった。
勿論ひとり釣行も考えたが、如何せん年齢が進むにつれ億劫になってきた、と云うのが本音である。
今回の釣行は以前尺余の岩魚を数尾釣り上げた渓を先ず目指すことにした。
日曜日、況してや禁漁に入る2週間前、更には連休の中日とあって、場の荒れは覚悟する必要があった。
釣りは何より早起きをして、朝まずめを狙うのが本来の釣行の基本だが、前日は帰宅が遅いこともあり、多少起床時間が遅れてしまった。
したがって先行者がいることを覚悟しての入渓となった。
勿論、好釣果など期待できよう筈もない。

ともあれ、高鳴る期待を鎮めながらもハンドルを握った。
私は今回も撮影者に徹するつもりだったが、やはり狩猟本能が疼いてか、息子と交代しながらの釣行となった。
前述したように、最初に目指した以前尺岩魚を数尾釣り上げた場所は、渇水の所為もあってか一尾も釣り上げることは叶わなかった。引きすらもない。
已む無く、場所を変えることにした。
以前、36cm程の岩魚を仕留めたポイントに車を走らせたが、渓相は一変していた。
記憶が薄れてはいたが、2年と2ヶ月前の、前回の釣りでもそんな印象を抱いたことを思い出した。藻が発生しており、透明で透き通る清らなる渓流の印象ではなかった。釣り糸を垂らすと、釣れたのはカジカだった。
それでも、落とし込みを狙うと岩魚がヒットした。その後暫し粘ってはみたものの、引きもこなくなった。

前述したとおり既に場が荒れていたようだ。「今日はこの辺で終わりにしようや」と諭すように、息子に問いかけると、「折角2年ぶりに来たので、あと一箇所ぐらいは行ってみようや」と云うことなので、以前、印象の良かったポイントへと15分程車を走らせた。

正解だった。

尺には届かなかったものの、良型の岩魚が数尾立て続けにヒットした。息子メインの釣りではあるが、私も狩猟本能を掻き立てられ、前腕や掌、そして人差し指に「コツコツ」と伝わる微妙な感触や響きと云った脈釣りの醍醐味を、十分に堪能することのできたひもすがらであった。
釣果は約28cmの岩魚を筆頭に、良型の岩魚7尾、そして22cm程の山女魚1尾であった。
いつもの如く、畏敬の念を持って山野に拝礼の後、2年2ヶ月ぶりの渓を後にしたのだった。




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